清掃業K.A ブラック企業体験談

私が働いていたブラック企業は、業種は、清掃業で、会社名は、K.Aというところです。
この会社は、そもそもの始まりは、夜間のアルバイトから始めていて、営業中のコンビニエンスストアの床のワックスがけやガラスなどの掃除をメーンにやっていました。
この頃はまだ学生だったので、昼間は、何をしているかわからなかったが、昼間は、同じくコンビニやラーメンや映画館などの床、カーペットなどの掃除もしている会社でした。
学生時代も終わり、特に就職活動をしていなかった私は、アルバイトの続きでこの仕事をすることにしました。
夜勤だけの仕事なら慣れていたので、最初の内は何も問題無く、仕事をする事が出来ていました。たまに交代で、昼間の仕事に入ることはありましたが、1日に働いても長くても10時間くらいでした。
それが、ある仕事が舞い込んで来てから、徐々にブラック企業に変わっていきました。
夜中の仕事が、コンビニから大型のスーパーの清掃にかわり、昼間にコンビニの清掃もすることになりました。
清掃にかかる時間が、夜は6時から朝の6時頃まで、昼間は、8時から夕方までという、1日に夜勤、昼勤という連続のシフトが出来上がりました。
人は募集しているのですが、なかなか続くひとがおらず、このシフトが、何年も続いていました。

給料の残業代はどれだけやっても一律八万でした。割に合いませんでした。

システム開発系D社 ブラック企業体験談

システム開発系のD社に中途入社して新入社員研修がありました。経営陣と新入社員3人、そして自称コンサルタントの男性だけの、10人規模の研修でした。
研修施設に入り、まずコンサルタントの男性から「キミたちが今日の朝、突然交通事故にあって病院で余命1時間と言われた。

今からその気持ちになって家族に遺書を書け。」と突然言われました。1時間の時間を与えられ、新入社員全員がちょっと呆気に取られながらもなんとか自分も含めて無難なものを書き上げました。
まずは経営陣が「愛する妻、娘へ、いつも家庭を顧みなくてごめん。ゴルフでいいスコアを出したかった。あの時ケンカしてごめん。」のような個人的な遺書を読み上げ号泣し始めました。

それも一人ではなく経営陣全員が子供のように感情移入してわんわん泣きながらです。その後で新入社員はそれぞれ「育ててくれた両親ありがとう」的な無難な物を読み上げ、当然そこまでいきなり感情移入できないので泣かない程度に神妙に読み終えました。
一通り終わると突然コンサルタントが「なんでお前らは泣かないんだ!それでも人間か!」と烈火のごとく泣きながら怒り狂いました。
それ以外の研修は、至って事務的だったのですが、思うに新入社員を集団ヒステリー的な異常な精神状態に置いて、通常の価値観を全部ぶち壊して、会社の都合のいいように洗脳しようとしていたのだと気づき、合宿の翌日に退職願を出しました。

学習塾 ブラック企業体験談

学習塾のスタッフで求人が出ていた会社Gについてです。
大手求人サイトより応募しました。その求人内容と、実際の仕事内容が全く違っていました。
求人では、生徒のサポート・管理、反響営業とありました。
詳しい説明も、生徒のサポートのことばかり書かれていました。

応募メールを送ると即面接となり、面接では履歴書の内容には触れられず、社長と直接2人で雑談でした。そして即採用でした。
この時点で少しおかしいのですが、変わった会社としか思いませんでした。

入社して一週間ほどは、受験についての知識を学びました。
そして、実際の業務に入ったときには驚きました。

仕事内容は飛び込み営業だったのです。求人内容にも、面接でも、研修中にもそのようなことは知らされていません。
個人情報が厳しいこの時代に、どこで入手したのか、該当する学年の子どもがいる家の名簿を見て、いきなりかたっぱしから電話をします。

そこで話を聞いてもいいと言ってくれたお宅にアポをとり、伺うのです。これは反響営業と言わないと思います。
体育会系の挨拶など、営業そのもので、契約が取れないと怒号が飛びます。
会議では土下座をさせられる人もいるくらいでした。

いきなり電話をかけるので、家の人に怒られることもたくさんありました。
アポが取れるまでは1日電話をかけ続けます。
求人にあった、生徒のサポートをすることはありませんでした。

求人内容ととても違うこと、ストレスがとても強く感じることで退職しました。

広告代理店 ブラック企業体験談

以前、私が勤めてい広告代理店は、かなりのブラック企業でした。正直なところ、サービス残業や長時間労働については慣れたものだったのですが、課長からのセクハラとパワハラが酷かった。

ある日、課長が出張から戻る日に、営業先のお客さん(男性)と打ち合わせ&飲みの予定があったので、いつもより早めに会社を出ました。ところが、夜の23時頃、課長から複数回、着信が入っていました。

電話を折り返すと、急に会社に戻るように言われ、「営業先のお客様と一緒だから無理だ」と断ったのですが、「上司が出張から戻った時に、部下が会社で待っていないのはおかしい」と怒鳴りつけてきました。

私は、「すでに飲んでしまっているので、かなり遅くなりますがそれでも良いですか」と伝えたところ、「それでもいいから、とにかく一度会社に戻るように」と言われたので、こうなったら真夜中に戻ってやる、と思い、結局夜中の2時に会社に戻りました。

戻った際に、「何かありましたか」と聞いたところ、特にその日のその時間にやる必要のない仕事を言いつけられ、結局翌朝の9時までに終わらせることに。

その際、課長もずっと夜中じゅう会社におり、一緒に飲んでいた営業先の男性のことについて、根掘り葉掘り、細かく尋ねられました。

挙句の果てに、体の関係があるのかまで聞かれて、私はストレスと悔しさに加え、お酒の酔いが手伝って、大声で泣き出してしまいました。

すると、課長は悪びれた様子もなく、私を慰めにかかる始末。結局その後、課長が他部署に移動になったので、課長と会う機会も少なくなり、私がその会社を辞めるまでは、平穏な生活が続きました。

その頃は「セクハラ」も「パワハラ」もそんなに大きな社会問題になっていなかったので、大事にしませんでしたが、今考えても腹立たしい経験です!

一流パソコンメーカー ブラック企業体験談

私が働いていたブラック企業は、一流パソコンメーカーの系列で、その修理、保守をする会社でした。

イニシャルをNFといいます。私は、そこで、営業アシスタントをするOLでした。NFは、全国規模の有名会社系列らしく、制度はしっかりしていました。給与水準、福利厚生、就業規則、労働組合。外から見て、この会社に落ち度はありません。業績も優秀です。しかし、その業績は、社員を酷使する超サービス残業とノルマによって支えられていました。
通常、日中は、保守契約しているお客様のもとへ、計画に従って点検や修理に行きます。しかし、機器が不具合をおこすのに、計画も何もありません。お客様から電話があれば、すぐに駆けつける必要があります。

すると、どんなに余裕を持って計画を立ててあっても、日中は、お客様のもとを飛び歩くことになります。そして、報告書やサービス料請求などの事務仕事はどうしても、夜、残業になります。水曜日は、ノー残業デーでしたが、残業せずに帰ることなど到底できません。

しかし、労働組合の担当からは、「残業するな」と言われます。仕方なく、タイムカードを押し、サービス残業です。その上、営業ノルマまでありました。パソコン及び周辺機器販売、新規保守契約、LAN工事等の工事物件、いずれかを担当し、役職や実績に基づいた金額を、毎月課されていました。
ノルマについて、毎朝、上位拠点とボイス会議をしていた支店長は、いつも顔色悪く、ぐったりとしていて、気の毒でした。

私が帰宅した後も、更に夜遅くまでミーティングしていることが多く、朝、出金すると、宅配のピザや弁当のごみが山積みになっていました。お金もかかるだろうし、何より健康に悪いことは間違いありません。
明らかに人手不足だったと思います。一緒に仕事をする従業員は、一人ひとりはいい人ばかりでした。しかし、忙しさから、いつも張り詰めた雰囲気で、楽しい職場ではありませんでした。そして、わたしは、妊娠をきっかけに退職しました。

正直ほっとしました。産後も仕事を続けるよう、慰留してくれましたが、絶対ムリだと思いました。

宅配事業Dのブラック企業体験談

ブラック企業とはまったく考えずに働き始めました。

企業名はD.
職種は宅配事業。
その飲食店部門でした。

飲食店の売り上げが伸びず、立て直しを依頼されました。

自分は、どちらかというと事業の立上げや立て直しを事務的な方向から携わっていましたので、飲食店を任された時には、どのような形で関われば良いか考えました。
飲食店を立て直すためには、店長としての立場で現場に入るべきと考え、経験はありませんでしたが店長として配置してもらいました。

やる気を失っていたスタッフの気持ちを盛り立てるためには、まずは自分が先頭に立ち、必死で働きました。

休まず現場に入り、帰宅後は報告書作成、次なるプランの提案のための企画書を作り、企業へ提出。
寝るのは夜中の3時くらいの日が続きました。

結局、半年を過ぎた頃、体を壊してしまいました。

病院では、抑うつと診断されました。

それからの、会社のあまりに悲しい対応に、始めてブラック企業なのだと認識しましたが、体調が悪いため、闘う気力はなく、言われるままに退職を余儀なくされました。

その対応とは。

話し合いをしたいから、どこまでも行くので時間を下さい、としつこく連絡がありました。
担当は、役員でした。

自分自身、電車にも乗れなくなっていたため、自宅近所の喫茶店に来てもらい話し合いました。

今月で契約打ち切りとのこと。
丁度、体を壊した月が3ヶ月契約の最終月なので、今月で契約終了とのこと。
当初は、会社の方針で契約書は3ヶ月間での契約だけれど、そのまま更新します、と言われて承諾していました。

しかし、契約書がそうだから、ということでした。

その後、就業時間、帰宅後に毎日夜中にやり取りをしたメールのことを伝え、残業代を要求したい旨を伝えました。

多少のお金は用意されました。
そして、このことは絶対に口外しないとの誓約書に署名をさせられました。

その後、3ヶ月ほど動けない日々を暮らしました。

一見、優良企業に見えただけに幻滅しました。

その後、外部の企業に運営を任せたようです。

自分の体力も自信もなくなったことが一番の打撃でしたが、なんとか今は回復し、こうして話す気にもなりました。
ただ、騙された、と言った気持ちが残っているのは、まだまだ悔しい、自分の小ささです。

司法書士事務所T ブラック企業体験談

とある司法書士事務所Tで働いていました。
日頃から代表は「わしはすごいんだ、わしはきっちりしているだろ??司法書士はえらい!!!」とよくいっていて本当にすごい人というのはそんなこと一切言わないと思っていた私はほとんど聞き流していました。
あるとき、書類作成を代表に頼まれ作成していたのですが、少しネットで調べながら作成していたら「何時間かかってるんだ??こんな書類作るのにこんなに時間かかってたらお前の人生終わってる!!!わしが若くてパソコンをもっと使いこなせていたらお前なんか雇ってない!!!」
など罵声を浴びせられました。
ほんの10分、15分ですよ??しかも司法書士事務所の代表がこんなことを言うんだなと思いました。ほかにもいろいろありましたが、これをきっかけに退職しました。
ちゃんとボイスレコーダーに録音して労働基準監督署に提出するべきだったかなと今になっては思います。
私の次の方も入社して2、3か月はいいですが、半年くらいたつと代表が罵声を発し出すので、少々心配です。
法律事務所だから余計に気が気じゃないです。
こんなことくらいでと思われるかもしれません。私自身こんなことくらいでと思ったりもしました。
次仕事をするときはちゃんとした代表を見分けれるようにしたいです。

 

菓子製造販売店P ブラック企業体験談

業種はPという会社の菓子製造販売店ですが、持ち帰りも扱うお店でお客様の目の前で商品を造るというものです。

アルバイトは学生のような労働基準や法律に知識のあまりない中心に雇用していて意図的に有休はないというのを印象付けていました。

商品を作る行程で300度にもなる熱いオーブンを日常的に扱ったり、商品を陳列する熱いウォーマーが並んでいますが店舗が小さいので人がすれ違うのも難しいスペース、そこでオーブンを営業中フル回転させお客様にも大きなジェスチャーでアピールするのが日課でした。

 

これは店長の方針ではなくその上にいる店舗を巡回する人が決めてるのですがその巡回者は1人だったのでその場の気分でマニュアルを無視するような命令ばかりが出されました。

従わなければ気に入らないからという理由で退職方向に持っていくのですが、できない店長は減給されるので、アルバイトも人件費などを理由にあげて徐々に追いやられていきます。

オーブンで火傷をしても休ませることもなく冷やしたい旨願い出れば嫌味を言われ薬局で薬でも買って来いといわれますがお金はもちろん自腹です。

 

試食と言って商品を一通り買わされたり、社会人になったらこんなの当たり前だからといくつもの作業を割り当て、出来ないと終わるまで連帯責任にすると脅していました。

 

1日働けば使ってるバターの匂いで洋服は臭くなりますが更衣室もないので制服で出勤しろとも言われました。1度社員が溶かした大量のバターをアルバイトにこぼしてしまいましたがその時も着替えや弁償などさせませんでした。

 

母体が海外から入ってきた会社なのですがまだ小規模企業な故の知られないブラック企業でした。

美術関係のM ブラック企業体験談

私の人生で体験した最もブラックな企業は、美術関係のMという職場です。とても小さな事務所で社員の人数も20人程度でした。

入社当初は有限会社だったのですが、途中でNPO法人の申請に通ったらしく、NPO法人という名前を掲げて商売をしていました。

代表者が「NPO法人の方が税金も浮くし、何より見栄えがいい」という適当な理由での法人変更だったようです。

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この代表者がくせ者で、某大学の教授だったのですが、壮大な計画だけを述べて社員に丸投げし、上手くいかなくなると新入社員のせいにして自分は雲隠れするというような人物でした。資金繰りもたいへんで毎日が自転車操業。

どんどん人が辞めていきました。その辞め方も正式なものではなく、ある日突然来なくなる、という人ばかりでした。そして、変更した法人各ですが当初3年間は税金の優遇があるのですが、NPO法人とはいえ3年目以降は収益があれば納税が必至でした。

代表は、この事実を知らなかったようで3年目に税金を支払う必要があると知ると、今度はまた、NPO法人を辞めると言い出しました。辞める。

というのは簡単ですが、そうなったら総会の開催や資料作り、登録削除などの面倒な作業が多く、しかも代表自身が適当すぎたために、担当者がパンクしてある日突然出社しなくなり、私も退職しました。あれからすぐに事務所は閉鎖に追いやられたそうです。

今でもあの時の職場を思い出すだけで胃が痛い思い出です。

工場のO ブラック企業体験談

私自身アルバイトもいくつか経験をしましたが、あのような職場は初めてでした。
まさしくブラック企業なのだなと受けたパワハラを実感してみて思いました。
また、モラハラも含んでいて、通常は考えられないほど、そして誰に行っても信用されないほどの職場でした。

私が経験をしたのは工場のOという会社です。

自分の自尊心を傷つけられる言葉を、無神経な従業員たちに浴びせられました。
おそらくあの職場では、一人のターゲットを見つけそのいじめを楽しんでいるのではないかと感じています。
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工場というのは密室になるため、本当に恐ろしいなと経験から感じました。
たとえば徹底して外部に様々な情報が漏れないように注意している職場。

こういった職場ではそのいじめの現状がばれないように、しっかりと考えているのだろうなと思います。

工場というのは至る場所で大きな音を立てているため、声によるいじめはやりやすいと思います。
数人でグルになってする場合には、他の場所にいる人間には全く気付かれずに嫌がらせをすることができます。

私のされたいじめは、壮絶だったもので、人によっては自殺も考えてしまうほどだと思います。
そういった職場があることが本当に恐ろしくさえ思います。

今考えてもゾッとするような、強烈に印象に残っている職場です。