M証券会社 ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2014-11-green_floppysima20141024222406500-thumb-1000xauto-5592

 

M証券会社で働いていました。
証券会社は離職率も高いことで有名ですが、働いてみてその理由がよくわかりました。
まず私が在籍していた支店では、月の残業時間を40時間に調整させられていました。実際はもっと働いていたのにです。
40時間以上になると労働基準局がうるさいから、という理由でした。

 

目標も毎日ありましたが、もちろん年齢を重ねるごとに、その目標は大きくなり、一日の目標が当然できない日もでてきます。
すると、商品が売れてもいないのに、とりあえず売れたかのように数字を出し、月末までにどんなことをしてでもその数字分は補うことをしていました。
当然、平日だけでは時間が足りない人もいるので、中には休日も1日営業をしていた人もいたみたいです。

 

また、モラハラもごく普通に横行していました。営業を統括する部長が厳しい人でしたので、できていない社員がいると朝からみんなの前で見せしめのように怒っていました。
次第に「目標ができていない社員」というよりは、単に「部長が気に入らない社員」が怒られるようになっていました。

 

私自身は女性ということもあり、その対象にはなりませんでしたが、正直毎朝理不尽に怒られている姿を見るのは、非常に不快でした。
その影響もあってか、新入社員が入ってきても、3年以上続く人は3人中1人くらいでした。

IT系企業S ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2014-11-green_ookawatime20141024223702500-thumb-1000xauto-5591

こんにちは。29歳、男性です。
私が勤務していたブラック企業は、IT系企業の「S」という会社です。
就職活動時「自分の実力をつけたい!」という想いで、私はベンチャー企業に就職しました。
ただ、その会社は、とんでもないブラック企業だったのです。

まずは、ベタではありますが、就業時間。
朝の7時には出社し、終電で帰ることができれば御の字。
始発まで帰ることができないことも頻繁にあり、一週間は家に帰ることができない時もありました。
仕方なく、多くの社員は会社の近くに住むようになります。
しかし、オフィスがあるのは東京の一等地。高額な賃貸料金を支払い、残業代が出ない中で働くのは苦しかったです。

 
ただ、この程度ならば、予想の範囲内。元々私は「実力をつける」目的で就職した企業なので、納得できました。
しかし、問題はこれだけに留まりません。一番私が悩み、そして転職の原因となったのが、社長の「ワンマン」ぶりでした。
営業力、制作力が一番あるのが、当時では社長でした。その代わり、傲慢極まりなかったのです。
ミスをした社員を罵倒するのは当たり前。殴る、蹴るといった「指導」が入ることもありました。
また、女性社員には「30までは結婚するな。」とセクハラ以外の何物でもない発言を連発。
正直、なぜ訴えられないのか。当時は不思議で仕方がありませんでした。

 
結果的に、そうした社長の「ワンマン」ぶりに嫌気がさし「一身上の都合」で転職。
今は給与こそ多くない企業ではありますが、平凡な幸せを満喫しております。

企業研修を行う株式会社I ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2014-10-BL008-chiisanayoukyuuwosakini20140810500-thumb-1000xauto-5577

 

企業研修を請け負っている株式会社Iという会社で働いていました。

 

20名程度の会社ながらも大手の研修を多数請け負っていて業務がしっかりとしていると思いましたが、いざ働いてみると一番長いリーダー格の女性で勤務年数2年半、その次が2年などと短期間で社員が入れ替わっていることが分かりました。

 

その理由は、残業代が払われないこと、給料が安く正社員にしてもらえないこと、社長、副社長のパワハラがありました。

 

勤務時間は10時から19時までだったのですが、業務が終わらなければ19時を過ぎることは当たり前で23時を過ぎることも度々ありました。最初の説明では月10時間分の残業代を給料に含むため、残業代の支給はないとのことでしたが、実際は10時間どころではなく、毎日4時間程度の残業、土曜出勤は当たり前でした。

 

契約時には3ヶ月後にはだいたいみんな正社員になって給料も上がっていると言われていましたが、実際は大半の社員が契約社員で給料も均一でした。

 
一番ひどかったのは、パワハラでミスをした社員は、そのミスのことだけはなく他の社員に聞こえるような大きな声で人格否定も交じり怒鳴られることでした。

 

気に入らないとランチに行く時間まで会議と称し呼び出されたり何時間も怒鳴られたり、ひどい時には物が飛ぶこともありました。会社で社員の人がこんなに泣く場面を見たのは初めてでした。辞める時の社長、副社長の圧力がすごくブラック企業と思いながらも何もできずに辞めていく人が後を絶ちませんでした。

建築関係O工業 ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2014-11-green_timecard20141024224247500-thumb-1000xauto-5585

 

以前、私か働いていたO工業は建築関係の会社でした。

その会社は完全に親族経営で、会長、社長、専務に至るまで、ほぼ親族の中小企業でした。

社員の給料には、最初から残業代が含まれており、月に50時間上残業しないと手当はつきませんでした。しかし実際50時間以上働いたとしても、タイムシートは手書きなので、経理部長(社長奥様)に、残業するほど仕事あったのか?さぼってるから終わらなかったんじゃないの?などと言われ、結局時間は書き換えられて、残業なしという扱いにされていました。

お給料の金額においては、一般的な金額よりとても低額でした。

また、社員募集の項目には、賞与2回プラス決算賞与とあったのですが、実際は、会社で出た利益は、ほぼ社長が、会社の社屋改修やお客様に還元といった感じで使いきってしまい、賞与はもらえても手取りで5万円程度…

もちろん決算の前に利益があったとしても、すべて社長がどうでもいいことに使ってしまい、決算賞与はほぼもらえず、もらえても2万円程度でした。

また休日も、隔週土曜プラス日曜となってはいるものの、土曜日はほぼ毎週休日出勤、もちろん手当はつかず、有志で仕事してる扱いでした。とにかく給与面、休日面、ひどい会社でした。

介護業界I会 ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2014-07-PAK75_yakanodensya20140706500-thumb-1000xauto-5020

 

介護業界のI会で働いていました。
働いていた当時は気づきませんでしたが、辞めて外の世界に出てみるとI会はブラック企業でした。

まず、労働時間が長いことがブラックです。
サービス残業は当たり前にあり、休憩時間はほとんどありません。

「残業があるのはやり方が悪いせいだから、残業代は認められない」「助け合ってやりくりすれば休憩時間は取れるはずだ」と、上層部から何度も言われました。
スタッフでどう頑張っても、やりくりできる範囲を超えていました。
もし定時上がりや規定の休憩時間を通せば、人数不足の現場で事故が起こることが目に見えていました。

早番・中番・遅番の日中勤務の日は、4~5時間のサービス残業は当たり前です。
夜勤の日は、特に悲惨でした。
就業時間が16時半から翌朝9時半で休憩時間が2時間あるはずですが、休憩なしで24時間連続勤務のこともありました。

スタッフが辞めていくスピードに人員補充のスピードが追い付いて行かず、人数不足の悪循環が進んでいました。
上層部に訴えても「介護の人数は足りている。気合が足りないからだ」と言われました。

そして、会議が終業後や休日にもあり、呼び出されます。
これももちろん残業代は出ず、行事前はほとんど休みなしで職場に通っていました。

私にとってI会は、学校を出て初めて就職した会社でした。
同期は、同じく新卒ばかりでした。
外部の友人と会う機会もなく「会社ってこんなもの」と頑張っていましたが、辞めてみるとブラック企業なだけでした。

飲食サービス業のH株式会社 ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2015-04-CSS_zangyougirl1292-thumb-1000xauto-12520

 

私は大学卒業後、飲食サービス業の会社H株式会社で働いていました。

もともと半年程度、大学に通いながらアルバイトもして、それから卒業後に正式に入社したのですが、働けば働くほど悪い面ばかり見えてきてしまったので、
入社した1年目の4月の時点では既に、2~3年働いたらもう転職しようと考えていました。とりあえず、社会人経験が培えればいいと思っていました。

定休日がなく毎日営業していて、清掃の業者も入れていなかったので掃除も特に私たち若手の社員が行います。
タイムカードはないけれど、不正のできないように事務所に貼ってある紙に始業と就業時間を書きますが、記録しているわりには全く残業代がでないです。

終電で帰るのは当たり前で、それでも片付けが終わってないときは次の日に早めに出勤することになります。自宅のそばまでの終電がなくなっていて、途中からタクシーに乗らざるを得ないことも多く、タクシー代も出ません。

職場の近くに住もうにも、住宅補助もでないため遠くから時間をかけて通う必要もあったし、長時間労働で自宅には寝にかえるだけなので、お弁当も作れずに、コンビニ飯ばかり買うことになるのに食事補助もでません。
具合が悪くて病院に行って少し遅く出社させてもらっても、その代わりにそれよりも多くの時間を休日出勤で埋めるように圧力もかけられました。

心身ともに病んでしまって退社しましたが、正解だったと思います。

K塗装屋 ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2013-11-OZP_sorawomiagerusagyou1188500-thumb-1000xauto-3791

私が3年ほど前まで働いていたK塗装屋はブラック度がハンパなかったです。
高校卒業と同時にK塗装屋へと勤めた私でしたが、そのブラックさは入って早々に感じられました。
まず、求人や契約時の条件で提示されていた額の給料が支払われませんでした。
厳密に言うと、言われていた額の半分ほどの給料でした。

その時点でこの会社はヤバいと感じたのですが、この不景気で他に良い転職先も見つからなかったので、とりあえず勤め続けることにしたんです。

そして、多少忙しい時期になり残業や休日出勤をするようになりました。
お金も欲しいので特に嫌がらずに残業や休日出勤をしていたのですが、
その時に支払われた給料の額に少し違和感を感じました。
ちょっと予定より少ないな〜程度の違和感でした。
しかし、それも徐々にエスカレートしていき最終的に残業代が支払われなくなりました。
そう、[サービス残業]です。

この時点で、私は我慢の限界が来つつありました。
そして、ついに私が我慢できなくなる事が起こりました。

それは丁度お盆休みの真っ只中でした、会社は休みだったのですが、ケリをつけなければいけない仕事があり、先輩と休日出勤をして働いたんです。
ですが、その月の給料にそれが反映しておらず、社長に直談判しました。
返ってきた答えは、
「休日出勤なんてさせた覚えがない」
我慢の限界でした。

その場で退職を願い出て、退社しました。
塗装業のK塗装屋時代を思い出すと、今でもハラワタが煮えくり返る思いです

商品先物取引企業H ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2014-11-green_googlekasu20141024215319500-thumb-1000xauto-5587

 

大学卒業後、商品先物取引の企業Hで働いていました。職種は営業だったのでかなりきつかったですが、この先物業界全体がブラックであると思いました。
私が勤めていた企業では、まず労働時間の感覚がおかしかったです。

定時なんてあるようでないに等しく、先物の相場が9時に開くので情報収集のために朝の7時30分に出社でした。

それから大体夜の8時や9時頃まで会社にいさせられました。
営業職はある程度はどこの会社でもそうですが、結果を出したりノルマをクリアしなければ基本何時まででもやれという姿勢でした。
営業スタイルも、テレアポをとるために片っ端から電話をかけまくり、

先物取引なんて断られるのが当然ですから、何も成果も出ないまま電話をかけ続けるだけの、地獄のような感じでした。当然、土曜日も出勤で、日曜日だけが何とか休みをもらえたという状態でしたので、労基法を無視していると思いました。

また、先輩社員や上司の営業の仕方が、今思うとおかしいとしか思えない方法なのですが、もう少しで契約が取れそうな顧客がいると、先物相場が開いた朝一番にその顧客に電話をして、完全に芝居がかっているのですが、「今、相場が大変なことになっています!値上がりしているんです、今買わないと損ですよ!」
というように考える間を与えず、今買わないと損と思わせて投資をさせるようなことをしていて、私としては道徳的に間違ったことをしている、おかしいとしか思えませんでした。
私は、自分がやっていることが後ろめたく、1年ほどで退職しましたが、先物業界に長く居続ける人はそういう部分の感覚が麻痺してしまっている人ばかりだと思いました。

人間もどんどんブラックに染まっていく人たちなのだと感じました。

イベント制作会社 ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2015-01-PAK88_tetuyaakenosyain20141123141151500-thumb-1000xauto-5952

 

イベントの制作会社で働いていました。
企業さまの新作発表や、ユーザーさまとの懇親会のパーティの
イベント運営制作を主にしていました(大手広告代理店のD社の下請けです)。

 

イベント制作会社は、毎日イベントの準備をします。
それて、文化祭の準備みたいで面白そうじゃない?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
このような文化祭の準備と考えてみたら、見方が変わると思います。

 

・全く興味の無い関係の無い文化祭
・先生が厳しく監視しており、ちょっとでも先生の気に入らない事があったら全てやり直し
・学生ではないから、遅い時間でも注意されない
・文化祭準備を5つくらい同時並行して行う
・参加者をある一定数呼ばないと怒られる

こんな感じです。
そうです、地獄です。
終電で帰れれば御の字で(もちろんタクシー代は出ません)、
翌朝も打ち合わせがあるから、朝10時には出社しなければならないので会社で寝ます。
タイムカードなんてあるようでないものなので、もちろんサービス残業。

 

クライアントが気に入らなければ、終電(寝泊まり)した資料は全てやり直し(営業の力が無いというのもありますが)。
やり直しは、翌日の打ち合わせまでに修正。しかも、深夜2時頃に修正指示が入り、デザイナーを鬼電して起こして
明け方まで作業させたこともあります(もちろんデザイナーには、深夜手当はつけます)。

とにかく、寝れない日々。
そして、そのイベントが終わっても次のイベントが待っているので、休めません。
一ヶ月休みなしはザラにあります。

このまえ、時間と時間の隙間をかいくぐり、同窓会に出ましたが(帰宅後も仕事)、
みんなより給料安いこと安いこと、一体何を俺はやっているんだ。。。と感じました。

イベント制作会社に入るなら、それなりの気合と愛がなければ成り立たないかもしれませんね。
イベントがTVに出たりして一見華やかでカッコイイ仕事かもしれませんが、
その裏では、みんな睡眠時間を削って仕事をしてます。
みなさん、しっかり考えて入社してくださいね!

私立幼稚園T ブラック企業体験談

https---www.pakutaso.com-assets_c-2015-02-OOK92_namahageoni20150201170149500-thumb-1000xauto-5977

 

私が最初に働いた幼稚園がブラック企業でした。
女の世界というイメージの強い幼稚園などの仕事ですが、今のところは人間関係もよくどこもブラックという訳ではないので、その点は誤解しないで下さい。

今から書くのはT幼稚園という私立幼稚園のお話です。
同じ幼稚園に私を含め3人の新人が配属されました。
その内1人の同期(Aちゃん)は働き始めて2週間で「自律神経失調症」の診断を受けて退職していきました。
その2週間後に私も日曜日の夜、月曜日が来るのが怖くて母親に電話し実家に帰ってしまいました。
何が私たちをそこまで追い詰めたのか…。
特に大きかったのが先輩たちからのパワハラです。
たくさんあった中から1つのエピソードを書きたいと思います。

この幼稚園では鍵が2つありました。1つは園長が持ち、もう1つは新人が管理を任されていました。
私たち3人の内、次の日にバスの添乗当番があたっている子が鍵を持っていくようにしていました。
この日はAちゃんが鍵を持っていく番でした。
Aちゃんが帰り際にトイレに行っていて鍵を取るのが少し遅れたんです。
そしたら、先輩の先生(B先生)がその鍵を持っていきました。
Aちゃんが「すみません。明日バスなので鍵、持ち帰ります!!」と先輩に鍵をもらいにいきました。
そしたら「良いから。」と鍵を渡してもらえませんでした。
その後も何度も何度も頼んでやっと鍵を渡してもらえました。
鍵を閉めるのを忘れて帰った訳ではありません。帰る前にトイレに行っていただけです。
なのにどうして鍵を取り上げられなきゃいけないのか意味が分かりません。

そしてその日の夜、彼女は過呼吸を起こして救急車で運ばれました。
Aちゃんは次の日も園には来れそうもなかったので、Aちゃんから鍵を預かり私が早く園に出勤し鍵を開けにいきました。
するとその鍵を取り上げた先輩がもう園にいたんです。
園長先生にAちゃんの事情を話、私がかわりに鍵を開けようと早くきたことを伝えると、
「あら、そんなことしなくてももう一つ鍵はあるのよ。B先生が持ってるんだから。」と。
B先生は自分が鍵を持っているのに新人が管理する鍵まで取り上げ持ち帰ろうとしたんです。
本当に意味が分からないですよね。

これだけではありません。
中学生のような嫌がらせが毎日・・・。
こんなパワハラに耐えられなくなり私たちは退職しました。
今の職場もそれなりにありますが、前よりは断然いいです。
私が経験したブラック企業でのエピソードです。