業種なぞw ブラック企業体験談

大学を卒業し、入社した会社が20年程で倒産しました。

得意先の会社から『今は、空きがないが、10ヶ月後に新事業が立ち上がるので、よければ、その時に来れないか』と誘いを受けましたが
私には、子供2人に住宅ローンも抱えているため、直ぐに就職しないといけない状態でした。

10ヶ月後迄の間を、食いつなぐため、直ぐに就職活動を始めましたが、年齢せいで、なかなか見つかりませんでした。
そんな時に、かなり手取りが下がりましたが、何とか就職する事が出来ました。
最初の1ヶ月は、試用期間で、その間の給与は低くなっていました。
9時00分〜18時00分の勤務時間と土日・祝日が休みと、言う事でしたが、
出勤初日に『明日から、朝礼に出てもらうので、8時15分迄に出勤する様に』と言われました。

それぐらいは、あるかなと思い出勤する様にしました。
朝礼後に、仕事の簡単な説明があり、いざ始めると、尋常ではない仕事量が回ってきます。
以前の会社の2日分程あります、もちろん定時に終わる事なく、残業する事になりました。
18時00分を過ぎると事務の女性が、全員のタイムカードを打刻しています。
必死に仕事をこなし、やり終えたのは深夜になっていました。

年度末という事もあり、繁盛期なのだと思っていました。
金曜日になると、部長から『明日は、9時00分出勤でいいからな』と
土日は、休みだったはずなのに
今月だけだろうと、仕方なく出勤しました。

結局1ヶ月目の休みは、1日だけで、休日出勤手当もついていませんでした。

仕事が遅いとの理由で、採用期間を1ヶ月延長すると言われたのですが
私は、他の社員よりも、かなりの数をこなしていました。

その事を話すと『嫌なら辞めてくれ』と言われましたが、
家族の為、我慢して働く事にしました。
10ヶ月後に、元の得意先に勤める事が出来ました。
勤めていた、約9ヶ月の間での休日は、12日しかなく
残業代は、全く出る事はありませんでした。

映像制作会社O ブラック企業体験談

私は、ある映像制作会社Oで働いていました。

その会社に入社する以前も映像制作の現場でバリバリ働いていました。その実績の持って会社に入社しました。

映像業界というと、ブラック企業の代表であったり、下の人間を人間のように扱わないと言った噂を耳にしますが、決してそうではありません。
私がこの会社に入社する前の仕事場では、仲間愛に満ちあふれ思いやりの心がありました。私もその精神を大切に思っていました。

しかし、この会社は違いました。まず朝に出社するときに挨拶がない事に驚きました。

私は、挨拶は仕事をする上での基本であり、相手の信頼を得る事に必要であると教えられてきました。
その時点で私の嫌な予感は的中しました。

私がある程度仕事に慣れてある業務をプロデューサーの下につきやっていました。しかし、ある大きなプロジェクトが始まり先輩が私にこういいました。
「お前は、今やってる業務が忙しいから、このプロジェクトは俺に任せてくれ」
その言葉に救われました。私は、今やっている業務でいっぱいいっぱいで他の業務を平行してするなんて不可能でした。実際に先輩はそのプロジェクトだけで私の業務の方には関わっていなかったので、この分担はしょうがない事であると思います。

しかし、先輩が自分の業務が厳しくなってくると態度が一変しました。
私に「お前、まさか自分の業務だけしてないとかないよな?俺はお前以上に仕事をしてるのに、お前は自分の業務だけしかやってないなんておかしいよな?言われる前に仕事しろよ。こんなんじゃ社会でやっていけないぞ」と言いました。

私は、意味がわからず先輩が以前私は自分の業務に徹してよいと言った事を言うと先輩はさらに反論してきて私の揚げ足をとるようなやり取りが続きました。
私はこの時2日間寝ずに仕事をしており、とても無理な状況でした。先輩は十分な睡眠をとってなぜか午後出社しています。
2日間寝ていない事を伝えると、寝てないなんて言い訳にならない。お前だけが楽している。と追撃をしてきました。
私は、この先輩との関係を絶ちました。
会社のシステムも酷い物でした。もちろん残業代はでません。週7日勤務でほぼ毎日会社に泊まりの日々が続きます。

私には夢があります。
夢を叶えるために努力しました。
ただ先輩との事があり、実質私たち下っ端のリーダーであった先輩にたてついた事で会社に入れなくなりました。
契約社員だった私は、契約を切られました。
私は、この経験で感じた事があります。

夢を追う事は素晴らしい事です。
でも叶わない夢を追い続けるよりも目標に向かって走り続ける事のたいせつさを。

アパレル系Y ブラック企業体験談

私が働いていたアパレル系Y会社は、サービス残業は当たり前でした。
朝番の人は店舗オープン前15分までには出勤でした。

その15分はオープン準備に店内清掃、整備、トイレ掃除、レジチェック等ありましたが、15分間の労働にたいしては賃金は払われませんでした。
とても15分では準備はできないので30分前に出勤することも多々ありました。また、お客様の接客等でシフト時間が過ぎてしまった時も、超過して働いた分の賃金は支払われなかったのです

本来1分単位で賃金は支払われることが義務付けられていますが、ここの会社は15分単位。例えば、4時間14分でタイムカードを切ると、4時間分の時給のみ支払われるといったかたちでした。

また、社販を強く強要されました。
当時、1日4時間程度、週3~4のシフトのパートタイムでしたから月のお給料は4~5万円程度。
そのなかで、毎月上下の洋服を揃えるのはきつかったです。

ボトムはジーンズ専門店でもあったので、ファストファッションとは違い1万円以上はするものばかりでした。
秋・冬は1アイテムの単価も高いですし、コートやダウンジャケット等のアウターも着て接客しなければならず、ほとんど給料は社販でなくなってしましました。

 そして小物(ストールやハット、ブレスレット等)も身に漬けて販売しろと強要され、セール品や昨年のものはNG、今期の新作や積極的に売りたいものを買わなければいけませんでした。
社販は2割引しかなく、数ヶ月すれば2割3割引きになるので、福利厚生としては割りに合わない感じでした。

また、あまりにも買いなさいと言われるので、無理ですと断っていましたが、視線はきつくなっていきそれがプレッシャーとなり、結果この仕事を辞める決意をしました。

建設会社の派遣社員 ブラック企業体験談

派遣社員として、ある大手の建設会社に勤務をしていました。

建設会社によくある、建設現場近くに事務所を構えて、そこで仕事を行うというタイプです。
大手のT建設で仕事をしていた時のことなのですが、転属をしてきた人がいました。

この人がかなりワンマンで自分が全てを把握しておくために所長の部屋を別の階に作り、追い出してしまいました。
そして自分はその事務所のトップを気取っていたのです。

「困っていることがあったら何でも言って欲しい」、夕礼で常にそういう話をしていたそうです。
私は勤務時間の関係で夕礼には参加をしたことがありませんでした。

その場で重要な事項も伝えられ、後から知らされることもなく、その影響で他の事務所の所長から怒鳴られたことがありました。

また「困ったこと、面倒なことがあったら全て○○さん(私)にやらせよう、どんどん○○さんを利用、活用しましょう」ということも言っていたそうです。
その結果、洗濯や掃除、健康管理まで行うことになってしまいました。

社内メールで誹謗中傷されたものがまわり、精神的に追い込まれてしまいました。
その人に「洗濯など、転勤になった時にみなさんが困ると思うので、今後は自分たちでやっていただきたいです」と伝えたところ「態度が悪い、すぐにでも他の人と交代させろ」と言われました。

契約更新したばかり、しかも「今すぐに」と言われたことにより、30日以上前の通告もされなかったので、労働基準法違反です。

派遣会社が本社にこの事実を伝えたところ「被害者である本人が何も言ってきていないんだから、勝手に話を作られては困る」と言われたそうです。

退職届も通告された1か月以上後の日にちを設定して書かされました。

大手であっても労働基準法の内容を知らずに仕事をしている人がいるなんて、本当に怖いと思います。

イベント関係のHY ブラック企業体験談

私は、現在25歳 男性です。
以前までイベント関係のHY会社で仕事をしてました。

入社は、2年前の4月、退社は、今年の4月で2年間勤めてました。
入社試験は、適性試験や面接を3回というしっかりしてました。

入社後は、別会社へ出向しそこでイベント会場の施設管理を行いますが、兎に角人が足りなさ過ぎて、1人1人抱える案件も山の様にあり、帰れません。酷い時は、45時間寝ずに働いた事もありました。
また振替代休も名ばかりで、仕事が多すぎて休む事は出来ません。

そして、上司が横暴な人で、仕事の進め方等で気に食わなければ怒鳴り、時に叩かれ、蹴られる事もあります。

そんな日々に耐えられない人が多く、入社して数ヶ月で辞めていく方も多く、常に人手が足りてないのが現状でした。

毎月100時間を越す残業に、ストレス、プレッシャーで、私も身体を壊してしまい、病院に行った時に緊急入院、緊急手術をする様医師から言われたのですが、会社に電話した時に上司から、明日は絶対に来いと言われ納得いきませんでしたが、同意書にサインをし入院を明後日に延期をし翌日出勤しました。

そしてそこで上司に言われた言葉が「君の身体がどうなろうと関係ないが、仕事はしっかりやれ」と言われ、この言葉を、きっかけに辞める事を決意しました。

今思えば、何故もっと早く辞めなかったのだろう?と思う事も多く、きっと半ば洗脳状態だったのかなと感じてます。

今は転職をし、苦労も多いですが、休みもあり、安定して仕事が出来てます。

自動車整備工場M・D ブラック企業体験談

もう十五年くらい前の話しですが、M・Dという自動車整備工場で正社員として働いていた時の事です。

昔はブラック企業という言葉はありませんでしたが、今思うと私もブラック企業で働いていたんだと思っています。
全部書くときりがないのですが、印象に残っているものをいくつか挙げます。

一番、嫌だったのが社長の公私混同です。

私以外の従業員は男性だったためか、近くのコンビニへお昼ごはんやたばこをよく買いに行かされました。
表立っては断れないので、あんぱんなら中身にあんとクリームが入っているものや牛乳は低脂肪などささやかな抵抗をしていました。
これを繰り返すうちに少しずつですが、回数は減りました。
社長の自宅へ子どもの忘れ物を取りに行ったこともあります。

親の従業員を自分の所有物かのように、子どもも扱っていました。
労働基準法で定めているはずの有給休暇もありませんでした。

厳密に言うとあるのですが、申請をする人も用紙も入社当時はありませんでした。
以前の会社で使っていたような、雛形を作り従業員に配りました。

入社時期なども分からなかったので、全てを任されていた税理士事務所へ確認もしました。
他の従業員は、社長に言えない人や有給休暇の存在自体も知らない人ばかりでした。
退職したきっかけは、インフルエンザにかかった時のことでした。

電話で社長に治るまで出社できない事を伝えたところ、「あんたにはこの会社は務まらない」と言われました。
すぐに税理士事務所へ電話をし、退職の用紙を郵送してもらいました。
出社できるようになり、社長室へ退職の書類に印鑑を押して貰うために出向きました。

自己都合での退職という形にされそうになったので、抗議をし認めてもらわなければ労働監督署へ出向く事を伝えました。
しぶしぶではありますが、会社都合の解雇と残りの有給休暇の消化を認めてもらいました。

その時に退職した後で、従業員や取引先への虚偽の内容を言わないことを約束してもらい一筆と印鑑をもらいました。
私が退職してから、残りの従業員も腕の立つ人は何人も転職したそうです。

その会社は、倒産していまいもうありません。

ガテン系 ブラック企業体験談

いわゆるガテン系で働いていたのですが、かなりブラックな感じですね。
しかもミスがそのまま傷を負ったりするのでとても辛くて大変なバイトでした。

とくに足場などに乗る作業においては高い所に登りますので命綱などをつけなくては行けなくて。

よく派遣さんで日雇いのような感じで人を入れたりしていたんですけど、そういう人たちは派遣法で高所作業が禁止されているから高いところの危険な作業はできない。

だけどかわいそうに親方連中はそれを知っていて派遣さんに高所作業を命じるんです。

ある時その派遣さんは自分のところの営業担当に高所作業のことで電話していました。こういう職場って、とくにゆう事をきかせるのが最初の段階らしいです。気分屋さんが多いですね。

ガテン系はいわゆる肉体を使う仕事ですから、競うことが主に肉体的なことになってくる。

だからほどほどに肉体をセーブしないとすぐにつぶれてしまう職場です。最初からいきのいいことをしているとすぐにつぶれてしまいますね。

そういう職場の中にいわゆる試してくるのがいて、すぐにいきのいいのを捕まえて精鋭部隊に仕上げるみたいな感じなんですが、精鋭部隊はほとんど使い捨てのような感じですから、またそういう人が上役になると必ずと言っていいほど人を酷使しますからね。

この世界はいき場のなくなったブラックな人が流れ込んできていますから、中には相当悪知恵を持っているのもいますのでほとんど近寄らないほうが無難です。

スーパーマーケットのS ブラック企業体験談

当時はブラック企業なんて呼び名は今程しませんでしたが、私が大学を卒業して入社した会社は間違いなくブラック企業でした。
スーパーマーケットのSという会社で、私は惣菜の担当になったのですが、スーパーが開店するまでにある程度商品を並べておく必要があります。
なので勤務は6時からで、勤務終わりが何もなければ18時頃ですし、昼食の時間がもっとも仕事のピークとなるのでお昼休憩なんて10分くらいしか取ることが出来ません。
その後は只管立ち作業なのですから過酷な仕事で、冷凍のコロッケ類や荷物、調味料も10リットルのダンボール単位のモノを使用し鍋もまな板も業務用の大きいもので、女性にとっては全ての作業が重労働だと言えます。

休みは週に1度あるかないかで平均して月に3日ほどでした。

さらにお弁当の別注とかクリスマス、節分などのイベントの際には始発で仕事に行ったり、終電で帰宅なんてこともありましたし、1度大量にお弁当の注文が入った日には18時に一旦帰宅し終電で職場に来て徹夜で作業するなんてこともあり絶対に労働時間が長すぎると涙したものです。

その上社員なのにボーナスは1度も支給されず、結局そんな環境に耐えられず2年と1ヶ月で仕事を辞めてしまいました。

辞める人は多かったしまさに社員を使い捨てにするといった感じの会社です。

サービス業のYと製造のH ブラック企業体験談

私が働いていた企業の中でブラックだと思ったのは2企業ありました。サービス業のYと製造のHです。
どちらもパワハラが酷く、薬を飲みながら働いていました。
片方のサービス業は、ノルマが厳しい会社でした。インカムと呼ばれるトランシーバー状のものにイヤホンをつけて接客をしていましたが、接客中でも上司からの苦言が途切れなく響き続けていました。必ず売れ、逃すな。100歩譲ってそこまでなら分かるのですが、考えながら接客をしていてもずっと売上の目標を読み上げ続けて、確認の返事を強要する。

お客様のための接客にも身が入らず、混乱して商品の説明ができないことも多かったです。
もう一つは気分によって恫喝される上司のいた企業でした。

毎日機嫌を損ねないようにビクビクしながらお伺いを立て、少しでも機嫌を損ねれば怒鳴られ続けます。

上司は私生活によって毎日機嫌が変わり、少しでも接し方を間違えれば初めての作業の指示でも、まともに受けられません。

それでも工夫して作業をしていますが、人によって作業のOKライン、NGラインが変わります。気に入らないと人格を否定するような罵詈雑言を浴びせられました。
どちらの会社でも途中から精神的に参ってしまい、体を壊して退職しました。

出版関連F社 ブラック企業体験談

出版関連
会社名:F

私は、以前からその職業に憧れていて、やっとのことで入社試験も合格し、晴れてその仕事に就くことになりました。
学生のあいだは、そのために近い業種でアルバイトなどもしていて、本当に楽しみでした。
ですが、実際に仕事についてみると予想外のことばかりでしたが、それでも憧れの職業。毎日がんばって仕事に向かいました。
その仕事は、「なったらプロだと思え」のような現場で、なかなか先輩には相談しにくい雰囲気がありました。
それでも声を掛けてくれる先輩はいたので、適度に相談はできていたのですが、その先輩のことを気に入らない上司がいて
私やその先輩に対して、「勤務時間中に話すな」とか「二人で会話をするな」と注意をしてきて、結局相談ができなくなりました。
また、その仕事はもともと激務なのですが、私がいたチームは激務な上に人間関係が険悪でつねにぴりぴりした空気がただよっていました。
その空気が恐ろしくて、新卒だった私は仕事のこともだんだん相談できなくなりました。
それと同時期に先ほどの上司から「自分が相談に乗ってやる」と
しつこく食事に誘われたり、勤務時間が終わっているのにも関わらず、指導だといって無理やり残業させられて
自分の仕事がまわらなかったりしました。
同じチームの先輩には、理不尽なことで毎日怒鳴られるし、その上司はセクハラまがいだしで
だんだん職場に行くのが怖くなって、春に新卒で入った職場でしたが、冬には辞めていました。辞めるというか、行けなくなったというほうが正しいですが・・・。
今は全く別の仕事をして、すっきりした気持ちです。
あんなに憧れてなった仕事だったのに、残念な気持ちもありますが、今は後悔していません。