世に蔓延るブラック企業に対する考え

何事でも、自分が正しいだけでは仕事が息苦しくなる。

相手の仕事も認め自分の仕事もまた認め会える職場であればいいのですが、今では自分の仕事の主張を押し通すことばかり考える人ばかり増えている。
その為、パワハラ・モラハラも当たり前のように起きている。

私も、多くの職場を見てきたが自分の主張ばかり通す人が増えて職場がブラック化するケースが後を絶たない。

結局、人を受け入れられないくせに自分は有能であると薄ペらい自信を持って仕事をしているので職場が重くなる。

誰かを攻撃して自分の正当性を主張し始めると、人は攻撃されるのを恐れ意見を言わなくなる。そうなることで、職場を活性化する意見さえ出ないため仕事の質がドンドン下がっていく。

しかし、人を攻撃しないといられない人はそれを自分の責任だと思わない意見を言わない周りが悪いと断罪する。その結果、有能な人材が去り業績も落ちる。

しかも、残るのが中途半端な自信を持った相手と合わす事が出来ない人間ばかりでは職場が活性化しないのは当然のことである。

私は、今の時代ひとにぎりの特別な仕事を除き、他は誰もが出来る仕事ばかりであると考えています。

そんな誰でも出来る仕事を自分の薄ペらい自信を持った愚かな人間が占拠しているのを見るにつけ、それなら、問題を起こさない外国からの安い人材に変えた方が企業としていいのではないかと思えてくる。

もちろん、日本人を雇い入れることは国内の景気にとっていいことではあるがそれにより優秀な人材を外に放出するくらいなら薄ペらい自信を持って企業をブラック化する人材を切った方が今後のためにもいいのではないかと考え。

サービス業M

私が勤めていた会社(サービス業M)は、まさしくブラック企業そのものでした。

まずは、求人内容と入社後の相違の数々・・・・。

[求人内容]
・勤務時間  10:00~20:00(シフト制)
・休   日  月8~9回
・給   与  20万円~
・賞   与   年2回
・昇   給   年1回
・勤 務 地  大阪市内

ここまででも、求人内容と実際では全て異なります。

まず勤務時間ですが、基本的に平日は10:00~となりますが、清掃や開店準備があるため出勤時間は遅くとも9:30です。
新人は先輩より早く出社するような雰囲気があったため私の出社時間は9:00が基本となっていました。

帰りも20:00で終業するなんてことはまずあり得ません。
むしろそこからが事務仕事のスタート時刻です。

業務上20:00まではお客さまがいらっしゃる日もありますので、接客応対があるスタッフは仕方がないのですが
そうでないスタッフもほぼ100%(社歴が浅いスタッフは絶対)一番遅いスタッフの巻添えとなります。

仕事が全て済んでいても帰れる雰囲気がないため、他のスタッフの仕事を手伝ったり仕事をしているフリをして時間が経つのをひたすら待つばかりでした。

残念ながら、時間については働いているうちにどんどん慣れてしまい、私自身も事務所を出る時間が0:00をまわっていなければ普通になってしまっていたのですが
ふと我に返った時 疑問に思い、チーフへ相談してみたところ
返ってきた返事はなんと「これがこの世界だから。無理なら辞めて下さい。これまでぬくぬく仕事してきたんですね。」でした。

完全に洗脳されていると悟った私はその後そのチーフとはなるべく関わることなく仕事を進めるよう努力しました。

休暇については、何もなければ掲載通り取れるのですが何分お客さまあってのこの業界、
相手の都合次第で休日出勤は当たり前でした。
それも休日扱いの出勤なので、サービス残業ならぬサービス出勤とでも言うのでしょうか。
もちろん代休なんて取れませんし、一度事務所に入ったら最後、いつも通り帰れません。
今思うと、本当によくやっていたな・・・と思います。

さらに、給与は実際のところ20万ではなく18万スタートでした。
入社前になんの書類も交わさず入ってしまったため、訴えることができませんでした。
もちろん賞与もなく、なんなら寸志すらありませんでした。

人事考課などきっちりとした制度もなく、ただ先輩や上司にいかに気に入られるかだけでタイトルがついているような会社でしたので
一番手っ取り早いのは上司との不倫・・・。
私の中では考えられませんでしたのでもちろん退職するまでの6年半ずっと平社員でした。

最後に度肝を抜かれたのは勤務地です。

大阪府下在住の私は大阪市内勤務を希望しており、入社から3ヵ月間は約束通り市内で働くことができました。
が、実はもともと兵庫県にも店舗OPENを予定していたらしく、気付けば勤務地が兵庫県芦屋になっていました。

さすがに自宅から電車で通うことは厳しかったので、自家用車で毎日高速を飛ばして1時間の道のりを通いつめました。
もちろん高速代なんて出ませんし、同じ店舗に移動になった先輩や上司を自家用車で最寄駅まで送り迎えするという仕事付きでした。

最低1年は辞めたくなかったのでただただ根性だけで何とか乗り切り、
1年が経つ頃にはめでたく大阪勤務に戻ることもできました。
そしてなんといってもそのタイミングであのチーフが関東へ飛ばされることが決定していたのです。

それもあり、その後も仕事を続けることができたのですが
年齢と共に体力も気力も落ち、結果6年半で退職する運びとなりました。

辞める頃には給与はUPし文句はなかったですが、相変わらず賞与はないままでした。

噂では、私たちの代がほぼ退職し新たなる環境は更に悪化しているそうです。
残念ながら先が短い企業だと感じます。

新卒で働いた商社E・K

新卒で働いた商社E・Kでの経験です。
まずは就職氷河期において結構な数を毎年採用していました。考えれば当然なのですが、離職率が非常に高い会社でした。

相当数を毎年採用して辞めていなかったらどんどん増えてしまうので当然ですよね。
まあこれだけなら当然のことですよね。

入ってからはとにかく残業が多かったのですが、正規の就業時間をすぎるとタイムカードを押させられます。これは実際は時間外は付けるけど便宜的に、ということでしたが、計算してみると半分も付いていません。
ただ証拠も残ってしまっているので、こちらから言うわけにもいきません。

最終的にヤバいと思ったのは、まわりの良い人たちが突然辞めることが多かったこと。
他の先輩たちに聞いても、はっきりは答えてくれません。

何かあるよなあと思って引っかかっていた中、人事でいろいろと相談に乗ってくれていた人事部長が、「ウチにも労働組合があればなあ」と話していて、実際に立ち上がったという話を聞いて間もなく、その方が退職したと聞きました。

迂闊だった(新卒で必死な時になかなかそんなことを気にしないのも仕方ないのですが)この会社は役員の名前をよくよく見ると皆同じ名字なのです。
いわゆる同族会社ですね。

とにかく理不尽なことも何もかも、会社のやりかたに反対していると噂が出ると、別の理由をでっち上げ自己退職に持っていく、あるいは系列の体力的にきつい物流センターに飛ばすというのがお決まりの会社でした。

私はとにかく、優しくしていただいていた人事部長さんの突然の退職にショックを受け、将来に不安を覚え、転職をしたという苦い経験です。
でも逆に考えると、そのときで良かったとも思います。

ある程度年を重ねて、役職についてからですと、悲劇は大きかったとも思いますので不幸中の幸いであったと思っております。

S社物流業の倉庫内作業員

私はS社物流業の倉庫内作業員として5年ほど勤めていました。

過去形なのは現在は辞めてしまい、その理由はブラック企業ということでした。正確にはブラック部署というべきでしょうか。私が所属していた部署は酷いものでしたから。

配属された3年前は、居心地が悪いものではありませんでした。
しかしリーダー各の50代男性が非常に頑固で、少し気になりました。
「あの人の機嫌を損なうと面倒だから気をつけな」と、こっそり陰で他の社員に言われました。その社員はリーダーと相性が悪いらしく言葉を余り交わしていませんでした。そして私が配属されて1年で辞めてしまい、理由はリーダーとの衝突でした。

彼が辞めてからはリーダーの独壇場となり、仲の良い人とは和気藹々と、そうではない私のような寡黙熱心な人は「愛想がないやつだ」と思われ省かれるようになりました。

そうなった時、辞めた社員が言った言葉の意味を理解しました。「お前も覚悟はしといたほうがいいぞ」と、去り際に言われたのを思い出しました。

そして私の居心地はどんどん悪くなり、それはリーダーが私の陰口を裏でどんどん広めていたからでした。
「あいつはコミュニケーションができない」「チームの和を乱す」など、作業はしっかりと行っているにも関わらず、噂が広められ、最終的には「辞めたいならさっさと辞めてくれ。迷惑だ」と、他の社員の前で言われたのです。

そんなことを言われてもう彼の下で働く気にはなれず、たまたま友人から仕事の話をいただいていたので、そちらに移ることにしました。

旅行業界H 

10年程前、3年弱勤務いたしました。

まずはサービス残業。
入社時はお給料に成績が反映される事はまだなく、先輩から学ぶ日々で、残業もきちんとついていました。
ですが、入社半年程で、給料形態を2つの選択肢から選ぶように上司から言われます。
それは「残業制」か「成績制」かというものです。(言い方はもっと違ったものでしたが、思い出せませんでした。)
「残業制」というのは、入社当時と同じ、1時間目からきちんと残業代が支給されますが、自分の売り上げ成績はお給料には全く反映されないというものです。
いわゆる固定給です。

一方「成績制」というのは、文字通り、成績(顧客数)に応じてお給料がアップするというもの。いわゆる業績給です。

問題はここからで、この2つから選ぶように言われるのですが、実際には選べません。
皆、「成績制」へと切り替えさせられるのです。そしてこの成績制。落とし穴があります。

毎月の顧客数によって給料アップとなるのですが、基準数があり、それを超えた場合に限り 顧客1人につき○○円 という形でアップしていきます。

基準値は繁忙月、閑散月によって変わりますが、例えば50名は目標基準数の場合、1ヶ月を終了した時点で49名だった場合は、固定給のみとなり、1ヶ月の残業はサービス残業となるのです。
残業代に関しても、全く出ないという訳ではありませんが、月に○○時間を越えた場合に限り 1時間○○円 となります。何時間かはっきり覚えていないのですが、確か、40時間が基準だったかと思います。

40時間まではサービス残業、41時間目から残業代が支給されます。
週休2日で計算すると、1日2時間はサービス残業となります。当たり前のように「成績制」を選ぶように圧力をかけられ、タダ働きを続け、心身共に疲れきって、3年弱で退職いたしました。

旅客運送業U

私は、事務パートとして、仕事をしていました。最初のうちは、引継ぎなどあったのでよかったですが、その方が退職したあとからのことです。

まず、時間が不規則で、時間通りに終わらなかったです。
忙しいときだけならまだしも、それ以外でも 終わらなかったです。

仕事の内容ですが、毎日の日報と現金分を銀行へ入金する仕事と、未収分の処理、他 乗務員さんの間違いなどあるので、まちがいがないか確認処理、その後、パソコンへ入力処理 その後の チェック 本人さんの 税抜きの金額(本人運収)といいますが、給料に関係があるので その分のきにゅう処理、月末、請求書、その月の入出金関係、報告する分の印刷(どこにだすかは言えません)給料計算、社会保険関係、ハローワ-ク関係などでした。
ここからです。土曜日、日曜日、祭日、5月の連休、正月休み、お盆休みも関係なく 仕事あるので、休んだ分 いっぱいたまるので、処理するだけで 遅くなります。

土、日は 休みになっているので、月曜日は 3日分しないといけないので、処理だけで午前中いっぱいかかります。 又、ここにはパソコンないので本社の方まで行き、入力しにいって、終わって帰ってくると 夕方になっていました。

すべて 一人でしないといけなかったので遅くなります。
給料計算も 本社の方までいき 入力していました。

ちなみに 普通の日は 本社の方が 入力してくれます。
残業は 本社へ 入力しに行った日は、 ちょっとだけつけてくれますが、それ以外は サービス残業といっしょです。

次は、だれでも業務のいろいろなことで、失敗することは あると思います。
その時、本社の上司から 30~40分ぐらい みんなの前で、めちゃくちゃ言われたことがあります。それはしかたないですけど、今度は 処理に関して、別にまちがって処理してないけど、それがだめとか、パソコンのデーターが おかしくなったときでも 私がデーターをおかしくしたとか 言われることが ありました。

あげくのはて、データがおかしくなってて、給料計算が 遅くなった」時、全部私のせいになり、最後は 能力がないとか みんなの前で言われました。

それでは 仕事が出来ないので、退職しました。

2~3日前、聞いた話ですが 私が勤務していた所、新しい事務の方は 雇っていないそうです。本社で、その分をやっているそうです。パートの事務の方に。

ブラックで名高いH通信

10年近く前になりますが、ブラックで名高いH通信で半年ほど働いた事があります。
募集の職種は企画事務です。

当時上京して、就職がなかなか決まらず焦っていた事もあり、ブラック会社だと事前に知っていたものの、事務職での正社員採用であれば何とか耐えれるではないかとたかをくくっていました。
面談も良い印象だったので、採用通知を頂き、働いてみることにしました。
異変に早くも気づいたのは入社して1週間ほど経った頃。

いきなり2泊3日の合宿に参加と言われ、
行ってみると大声で何時間も社訓を読んだり、同期社員と向かいあいお互いを罵りあう、
そんな追い詰められるような研修内容でした。

その時は社会人として耐えていけれるよう事務職も研修はこうゆう事をやるのかな?ブラックと言われてるのはこうゆうところ?と少し疑問に思うくらいでした。

合宿から帰り、翌週からは実務研修。
ロールプレイングや相手に聞かせる話し方など明らかに事務職ではなく営業?という研修内容が始まり、一度採用担当者にお話したいと思い事務所を訪ねるも、研修は職種に限らず全員一度はやるものだと言われ、事務職で働けるならばと研修も頑張って終えたのです。
しかしながら、実務開始日になったら、
会議室に全員集められ、研修で習った事を活かしてこい、一件取れなければ家に帰れないと思えと言われアポなし外回り営業を始めさせられたのです。

途中からおかしいとは薄々感じていたものの、事務にはありつけるとの言葉を信じ耐えてきたのにやはりといった感じでした。

ブラックとわかりながら入社した自分にも非があったのでとりあえず半年間死にものぐるいで頑張ってみましたが、毎日の罵声、大量の威圧メールに耐えきれなくなり辞めました。

もっと早く判断すべきだったと今でも職歴に傷をつけてしまった事を後悔しています。

大手業務請負業Kグループ(後にGグループに買収され、現在はRグループ)の派遣先、大手チーズ会社C(偽装請負)

大手業務請負業Kグループ(後にGグループに買収され、現在はRグループ)で、大手チーズ会社Cに派遣(偽装請負)されていた私は、同僚から暴行をうけ、警察に通報しました。

その同僚は送検されましたが、被害者である私が不当に解雇されました。

そのグループ会社の東京支店長のHが、私を問題人物と決めつけ、C社とコネをもつ加害者の肩を持ち、別な部署への異動申請も受け入れず、不当に解雇したのです。

その後、私は加害者とKグループD社、チーズ会社C社を相手取って損害賠償を求め、訴訟を提起しました。
しかしKグループは一丸となって偽装請負を行っていて、犯罪など日常茶飯事とばかりに裁判をまともに争おうとせず、Kグループの証人と出廷したHは宣誓したにもかかわらず、嘘八百を供述し、私は敗訴してしまいました。なぜなら、裁判所は偽証罪という大罪を犯してまで、証人が嘘をつかないと想定するからです。

私は即座に控訴するとともにHを偽証罪でK県警に刑事告訴しましたが、所轄も本部にも受け付けてもらえませんでした。犯罪発生率があがるためです。

私は首相はじめ関係各所に内容証明郵便で告訴不受理の不当性を訴え続け3年後にやっと受理され、Hは偽証罪で送検されました。
しかし、損害賠償訴訟は、控訴審・上告審ともに棄却されてしまいました。
偽証だと主張することができなかったためです。

K県警は47都道府県で唯一不祥事で本部長が引責辞任したあの県警です。

物流関係の企業、Y社

私は「残業はできません」という条件である物流関係の企業、Y社に就職しました。

「大丈夫、大丈夫。人数がいるから残業の必要はないよ」との明るい返事を受け、仕事に不安を抱えることなく入社しました。

仕事内容は大変でしたが、残業が無く定時に帰れるのは非常にありがたく、自分に合った職場を見つけたと喜んでいました。

ところが、入社して半年後に事態は一変しました。
私の所属している部署全員に毎日1時間以上の残業が通知されたのです。
理由ははっきりせず、ただ「定時にあがるな!」と怒鳴られることもでてきたのです。
人が減ったわけでも仕事が極端に増えたわけではありません。残業が厳しい私にとっては大変なことでした。

私は育児で大変な体の余り強くない妻のためになるべく早く帰っていました。
買い物をしたりと、妻の負担のなることを仕事帰りに行っていたのです。

しかし1時間の残業でそれが押してしまいます。それでも少しでも早く帰ろうと1時間の残業時間が過ぎるとすぐに帰るようにしました。そして、それが人に不満を与えてしまいました。

「みんな残ってるのに新人がなんで早く帰るんだ!」

次第にそんな声が漏れるようになり、私は体よりも心が参ってしまい、結局1年持たずに転職しました。

事情により方針が変わるのは仕方がないと我慢できました。
ですが、不満を持たれ居心地が悪くなるのには我慢できませんでした。心へのパワハラは体よりこたえます。

転職先がパラダイスに感じるところから、前のY社はブラック企業だったなと振り返ってしまいます。