製造業MK ブラック企業体験談

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以前私は、ブラック企業に十数年程勤めていました。現在は退職し、別業種に就いていますが、時々当時のことを思い出します。

 

業種は製造業で、地方の地場産業品を製造し、社長一族の家族で経営している会社(イニシャルM・K)でした。
某居酒屋チェーン店程ではありませんでしたが、私の経験したブラック企業もワンマン経営の『パワハラ』でした。
 

私は20代前半で入社後、直属の上司の元1,2年程作業を続けました。上司に守られていた時はまさか自分の勤める会社がブラック企業だなんて思いもしませんでしたが、ある日上司が
別の部署に移動になったことから始まりました。
突如社長に呼ばれ、「これから君が部署の長になれ」と言われ、「期待されている!」と思いがむしゃらに働きます。しかし当時は大不況で、地方の家族経営の製造業風前の灯。
以前から良くは無かったものの、あっという間に経営が傾きました。
 

私はようやく慣れた作業に加え、やったこともない管理業を元上司の行動を思い出しながら見よう見まねでこなし、いつも家に帰るのは日付が変わる頃。
翌日はまた朝から仕事をこなしました。

 
少しの失敗があるとすぐに呼び出され、「お前は何も分かっていない」「出来が悪い」「トロい」と罵声が飛びます。それもそのはず、まだ20歳そこそこの経験も浅い若者がやることです。
毎日の納期がいっぱいの所に「工夫がない」「猿でも考える」と、罵倒されました。ほぼ毎日のように何か理由をつけては怒鳴られていました。

 
銀行から借金の催促があると更に機嫌が悪くなり、目が合ったらアウト。「お前の管理が悪いせいで利益がでない」と言われます。
そんな中でも取締役の息子は車が欲しいと言って何百万円の新車を購入したり、海外に視察という名目で旅行に出掛ける。経理担当のお母さんはお買い物に出掛け山のような荷を
持って帰宅します。
経営が傾き銀行からの融資が止まり、従業員が路頭に迷うかもしれないという危機感など全く感じさせません。
 

それから8年耐えに耐え仕事を続けていると、さすがに逆鱗に触れるタイミングに慣れ、攻撃をかわせるようになり、次第に罵倒されることも少なくなってきました。
逆に部下からは信頼を得ることができるようになり、仕事も円滑に進むようになり始めました。
通年で生産売上目標を達成することにも成功し、傾いていた経営はなんとか水平近くまで持ち直しました。
 

相変わらず帰宅時間は深夜でしたが、そんな私にも家族ができました。しかしそれが気に触ったようです。「家族を養うならこれくらいはやれ」「家族がいるんだからやって当然」が
口癖になり、次はまた別の分野の仕事が追加されます。
それでいて私の給与は独身時代と全く変化せず、対して一族の生活ぶりも相変わらず。
そのまま2年程が過ぎ、長女が誕生しましたが、仕事内容、帰宅時間、給与に変化はありませんでした。
何度か掛け合ったものの、取り合っては貰えませんでした。理由は「給与をあげてほしければ自分で稼げ」。
 

始めは愛のムチだ、勉強だ、自分が何も分からないから悪いのだと思って必死についてきましたが、給与の相談を門前払いされた時、愛情は無く感情のまま怒鳴られていただけだったと
気が付きました。
自分なりに一生懸命考え実行し、会社の為にと働いてきましたが、何かが自分の中でポキッと折れ、自分にはもう無理だ、と思い退職しました。

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