面接の時と言ってることが違う!アパレルは華やかな業界ではない!

私は以前、某アパレルYで働いていました。
こちらで働くきっかけは前職を一身上の都合により、退職しなければならない事情があり、次の仕事を見つけるまでのつなぎで働こうと思ったからです。
もともと服に興味があり、華やかな職業で、働いてみたいと感じたからです。

面接ではサービス残業、無理な長時間勤務はさせません。と言っていたので安心して働けると思いました。
実際に働いてみて分かったことは、このアパレルYは一見華やかに見えましたが、実際働いてみて分かりましたが、すごく体育会系でハードな仕事でした。

仕事がハードで厳しいのは私にとって問題はありませんでしたが、納得がいかなかったのは初日からサービス残業をさせられたことです。
面接ではサービス残業はしないと言っていたのに、初日から裏切られました。

そのときの店長の言い分は、上から月の勤務時間を越えないように言われてるから、皆さん協力してくださいとのことです。
納得できませんでしたが、仕事を終わらせないと帰れないので、しぶしぶサービス残業をしました。

それからも、サービス残業は続きました。

そのうちこの環境にも慣れてきましたが、もともと次の仕事を見つけたら辞めると店長に約束で働いていましたが、次の就職先を見つけても辞めさせてもらえませんでした。

店長は土日だけでもいいからここでのアルバイトを続けて欲しいと言って、辞めさせてはくれません。

それから1年ほど私は仕事を掛け持ちし、アパレルYに人が増え辞めても大丈夫な状態まで働かされました。

パワハラ、セクハラに負けずに4年間も頑張った!

私は結婚前にアパレルメーカーAでデザイナー兼営業補佐の仕事をしていました。

入社当時、私は25歳で未経験で憧れていた職種に付けて頑張ろうと希望に満ち溢れていました。しかし入社してみて分かったのが今でいうブラック企業だったということです。

しかも私の上司はパワハラがひどく社内での評判が最も悪い人だったのです。面接の時には全く気付かなったのですが仕事をするうちに違和感に気付きました。

上司は自分の仕事が終わるまで帰らせてくれないので毎日終電に近い帰宅でした。また自分の機嫌が悪い時など気に入らない事があると1時間もの長い間くどくど説教をして、どなり散らすという始末です。

こんな最悪の上司に他の誰も注意できずにいました。
会社全体を見てもおかしな会社でした。サービス残業当たり前、サービス休日出勤当たり前、有給は取れないのは当たり前、終電での帰宅は当たり前という風潮があり、だれも文句を言う人はいませんでした。

また男性社員のセクハラは本当にひどいものでした。デザイナーは若い子が多かったので毎日のように言葉のセクハラを受けていました。男性社員はコミュニケーションだと勘違いしていたので本当に最悪でした。

私はここで4年間仕事をしました。体調を崩してしまうこともありましたがこの会社でとにかく経験を積んで次に生かそうと思ったのです。そのおかげで転職時は経験者として扱ってもらうことができ自分のステップアップにつなげる事が出来ました。

アパレル系Y ブラック企業体験談

私が働いていたアパレル系Y会社は、サービス残業は当たり前でした。
朝番の人は店舗オープン前15分までには出勤でした。

その15分はオープン準備に店内清掃、整備、トイレ掃除、レジチェック等ありましたが、15分間の労働にたいしては賃金は払われませんでした。
とても15分では準備はできないので30分前に出勤することも多々ありました。また、お客様の接客等でシフト時間が過ぎてしまった時も、超過して働いた分の賃金は支払われなかったのです

本来1分単位で賃金は支払われることが義務付けられていますが、ここの会社は15分単位。例えば、4時間14分でタイムカードを切ると、4時間分の時給のみ支払われるといったかたちでした。

また、社販を強く強要されました。
当時、1日4時間程度、週3~4のシフトのパートタイムでしたから月のお給料は4~5万円程度。
そのなかで、毎月上下の洋服を揃えるのはきつかったです。

ボトムはジーンズ専門店でもあったので、ファストファッションとは違い1万円以上はするものばかりでした。
秋・冬は1アイテムの単価も高いですし、コートやダウンジャケット等のアウターも着て接客しなければならず、ほとんど給料は社販でなくなってしましました。

 そして小物(ストールやハット、ブレスレット等)も身に漬けて販売しろと強要され、セール品や昨年のものはNG、今期の新作や積極的に売りたいものを買わなければいけませんでした。
社販は2割引しかなく、数ヶ月すれば2割3割引きになるので、福利厚生としては割りに合わない感じでした。

また、あまりにも買いなさいと言われるので、無理ですと断っていましたが、視線はきつくなっていきそれがプレッシャーとなり、結果この仕事を辞める決意をしました。